アルペンスキー撮影記

毎冬、ヨーロッパアルプスを中心に行われるアルペンスキーワールドカップの魅力を紹介していきます

12月のワールドカップもお休みします

毎年、今頃はフランスのバルディゼールに向かう車を運転中の頃ですが、先月のレビに続き、今月のワールドカップ撮影もお休みいたします。

このブログを楽しみにしていただいている方々、申し訳ありません。

年末の北海道、阿寒での全日本選手権は撮影予定です。本格的なブログの更新はそれまでお待ちいただけると幸いです。(今年の全日本選手権はJsportsで録画放送の予定です)

年明けはザグレブには行かず、アデルボーデンから撮影する予定。2月のオーレ世界選手権も行きます。(全日本選手権の勝者はオーレ世界選手権の出場権を得ます)

 

明日のバルディゼールGSは、先週のビーバークリークでワールドカップ初優勝を遂げたステファン・ルイツの滑りに注目です。

バルディゼールの氷の急斜面コース、ベルバルデを得意とするルイツ、昨年もパンテュローとヒルシャーの間に割って入り2位でした。(この後のアルタバディアのGSで右膝を怪我して戦線離脱。「復帰初戦」となったビーバークリークは見事でしたね)

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 また、レビのレース前々日の右手親指の骨折で復帰が遅れていたフェリックス・ノイロイターがこのレースからカムバックです!

レビの結果

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女子SL第1戦

1位ミカエラ・シフリン

2位ペトラ・ブルフォバ

3位ベルナデッテ・シルト

 

1本目 37位安藤麻(+2.48)40位向川桜子(+2.63)61位石川晴菜(+4.20) 

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男子SL第1戦

1位マルセル・ヒルシャー

2位ヘンリック・クリストッファーセン

3位アンドレ・ミューラー

 

1本目 45位大越龍之介(+2.88)

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1本目途中棄権 成田秀将 加藤聖五

 

レビは「欠席」します

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例年であれば、今頃は「レビに到着」とブログをアップするところではありますが、撮影旅費の資金難により、レビ行きは断念いたしました。

アルペンスキー撮影記を楽しみにしていただいている読者の方々には申し訳ありません。私の資金集めの「営業力不足」でございます。

昨年のブログを見返すと、もし今年レビに行っていれば、ちょうど10回目となるところでしたが、正直にいえば日本人選手の好成績が「望み薄」なのも断念の理由の一つでもあります。

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今では毎年お馴染みとなった「男女SL開幕戦」ですが、これまでの日本人の最高成績は12年前、2006年の皆川賢太郎13位。

この2006年が「男女SL開幕戦」となった初めてのレースで、勝者はベンヤミン・ライヒとマリス・シールドご夫婦。

日本人女子の出場はなく、7番スタートの佐々木明は1本目途中棄権、24番スタートの湯浅直樹は2本目に進めず、賢太郎は15番スタートでラップのベニーに+0.85秒の9位につけたものの、2本目で順位を落としました。

冒頭の写真は2本目のゴールでタイムを確認する皆川賢太郎、当時29歳。

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上の写真はビブ7、トップシードの佐々木明、当時25歳。下は当時23歳の湯浅直樹

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言わずもがな、この3人は日本アルペン史上、最強トリオとして名を馳せ、遡ってこの年の2月、イタリアのトリノオリンピックでは皆川賢太郎4位、湯浅直樹7位という成績を残し、「黄金時代」と言っても過言ではありませんでした。

そんな時代はもう12年前で「ひと昔前」となりました。

 

日曜日には成田秀将25歳、大越龍之介29歳、加藤聖五20歳の3人が出場します。

今季の「男子SL開幕戦」は過去にW杯30番以内のゼッケンで滑ったことのある選手が一人も出場しないという、日本アルペンスキー史上、おそらく過去に例のない事態ではないかと思います。

それはもちろん、左膝手術明けの湯浅直樹が現在、北米で雪上トレーニング中で、今季はファーイースカップ全日本選手権を主戦に考えているからではありますが、冒頭写真の皆川賢太郎競技本部長のもと、今季は新たな日本チームの出発のシーズンとも言えるでしょう。

幸先の良いスタートを期待します。

私は初めて、レビのレースを東京の自宅でJsportsナマ観戦したいと思います。

 

お時間のある方は過去のレビもご覧ください。

昨年は王者ヒルシャーが左足首骨折明けで17位、ノイロイターはこの優勝後、アメリカで練習中に靭帯断裂の怪我を負い昨シーズンは戦線離脱、この日曜日が復帰戦となります。

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この時も加藤聖五の出場を期待していましたが、かなわずで、その後のW杯の出場もなかったので、いよいよ日曜日がW杯デビュー戦となります。

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2016年はヒルシャーとシフリンが勝利。

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2015年は雪がなく中止。

 

2014年はクリストッファーセンとティナ・マゼが勝利。成田秀将がW杯初出場でした。

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2013年もヒルシャーとシフリンが勝利。湯浅は19位でした。

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2012年はミューラーとリシュが勝利。パランダーの引退ランも行われました。

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2011年は雪がなくフラッハウでの代替開催となりました。

2010年はグランジェとシールドが勝利。

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2009年はヘルブストとリシュが勝利。

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2008年はグランジェとリンゼイ。今季限りでの引退を表明しているリンゼイ・ボンはこの時のスラロームが初優勝で全種目優勝を成し遂げています。

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2007年は雪がなく中止で、ライターアルムで代替開催されました。

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セルデン男子開幕戦はキャンセル

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男子開幕戦はキャンセルとなりました。

今朝早く、スタート時間を1時間遅らせて行うとアナウンスがありましたが、先ほど、コースコンディション、今後の天気の状況を考え、キャンセルが決定されました。

2年連続での男子開幕戦キャンセルです。

小雪で開催が危ぶまれたところから奇跡的にコースを作り、開催にこぎつけ、昨日はスタート位置を下げてなんとかレース成立したものの、今日は悪天候には勝てませんでした。

実際、気温も高く、湿った雪が積もったコースでのレースは困難だろうと思います。

残念ではありますが、これもアルペンスキー。また来年、見事な青空をバックに選手たちの写真が撮れることを期待して、ゆっくりとセルデンを後にしたいと思います。

それでは、また。

テッサ・ウオーリーが悪天候の開幕戦を制す

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2018-19シーズンの開幕戦はフランスのテッサ・ウオーリーが1本目3位から逆転で今季最初の勝者となりました。セルデンは初勝利、ワールドカップ通算13勝目です。

日本チームは4選手中、2人が2本目に進出。

昨年に続き安藤麻は順位を残し、26位。

石川晴菜は自身初のワールドカップ順位で28位。私が勝手に定める「ワールドカップ選手」の誕生です。

早朝から降り続いた湿った雪は未だに降り止みません。下の街まで車の渋滞が予想されるので、早めにゴール横のプレスセンターを引き上げたいと思います。

この続きはセルデンの街はずれのアパートについて濡れた機材を部屋に広げて乾燥させてからゆっくり追記いたしますので少々お待ちください。

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2位にはフェデリカ・ブリニョーネ、3位にミカエラ・シフリン

氷河からの下りの山道はノロノロ運転のバスの後方でさらに安全運転。スリップもなくアパートにたどり着きました。

明日も今日のような天気であれば、開催可能でしょうが、強風が吹き荒れると昨年同様、キャンセルになってしまうでしょう。天に祈るのみです。

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安藤麻は昨年のセルデン25位で初のワールドカップポイントを獲得し、今年も26位と順位を残しました。2本目のゴールで少し話しを聞きましたが、今季は20位の壁を超えたいという趣旨の話をしてくれました。

その話を聞いている間、FISの係の女性が麻さんの後ろで待機。

何かと思ったら「ドーピング検査」でした。「初めてですー」と言いながら、麻さんは連れていかれました。

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石川晴菜は自身初のワールドカップ順位、28位を記録。2本目のゴールでは両手をあげて喜んでいました。

ワールドカップ女子の同一レースで2人同時に順位を記録したのはいつ以来かと調べてみると、2013年1月のザグレブSLで23位長谷川絵美、25位清澤恵美子が記録して以来でした。

晴菜さんは「今出せる自分の力は出せた」と話してくれました。

また、「今、日本のトップ4人がこのチームにいるので、タイムを計って競いながら、自分も頑張ろうと思う」と切磋琢磨できる環境だと感じているようでした。

今回のように、女子の同一レース4人出場はもしかしたら初めてかもしれません。

他の強国では当たり前のことではありますが、個人競技であるアルペンスキーも「チームの力」が個人の成績に及ぼす影響は少なくはないのは皆さんも感じていらっしゃるでしょう。。

「日本チームの力」で、向川桜子も荒井美桜もワールドカップで成績を残していけるようになるのを期待したいと思います。

写真をご覧になって、お分かりかと思いますが、ようやく、今季より日本チームはレースワンピースの統一がなされました。(もちろん、ウエアも統一)

チームの象徴とも言えるレースワンピース。

見てくれだけとお思いになる方もいらっしゃるかもしれませんが、「チーム力」を発揮するには案外、私は重要なことだと感じています。

ようやく「日本チーム」という「形が整った」と言える今季、幸先の良いスタートになりました。

明日、この勢いを男子3人が繋げていけるといいですね。

成田秀将、新賢範(自国開催以外初出場)、若月隼太(初出場)に期待しましょう!

セルデン到着

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ながらくのご無沙汰でございました。

先ほど、セルデンに到着しました。気温は13℃。日向ぼっこには最適な初秋です。

昨晩、ミュンヘン空港近くのホテルで一泊し、今朝9時にゆっくりとレンタカーを走らせました。今回のお供はトヨタ アバンシス。

日本では見かけなくなりつつある欧州向けステーションワゴンです。今回もちょっとだけ車格がアップグレードされてました。

昼過ぎにはセルデンに到着。

途中、いつも買っているT-Mobile AustriaのSIMカードを買おうとインスブルックのショッピングセンターに立ち寄ったのですが、お店はどこもお休み。今日はオーストリアの祝日でした。

いつものプレスセンターで首から下げるフダとPhotoアームバンドをもらって、プレスギフトのサングラスもいただきました。

なんと、オーストリア製gloryfyのサングラスに名前が入っていました。

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記念のギフトになりました。

さて、日本の多くのアルペンスキーファンの方々もご存知かと思いますが、明日、明後日の天気予報が良くありません。

明日は降雪、明後日は強風の予報で、両日ともに開催が危ぶまれます。

なんとか開催されることを、天に祈るのみです。

 

 

 

 

須貝龍、アルペンスキーからスキークロスへ転向

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高速系唯一の侍がスキークロスへ転向することになりました。

昨シーズン、ウェンゲンのアルペンコンバインドで29位となり自身初のW杯ポイントを獲得、翌週のキッツビュール滑降でも杵渕隆さん以来、31年ぶりとなる日本人選手の完走を成し遂げた須貝龍(クレブ)が、アルペンスキーからスキークロスへの転向を決意し、クレブの早期受注会で発表しました。

www.xraeb.co.jp

 

本人からもコメントを寄せていただきました。

今年よりスキークロス競技へ転向になりました須貝龍です。 昨シーズンまで日本人は挑戦する事が困難だった高速系種目に挑戦させてもらっていました。

憧れだったキッツビューエルの舞台、そして初めてワールドカップに出場した想い出の地であるウェンゲンで初のワールドカップポイントを獲得出来ました。

キッツビューエルでは吐き気がするような恐怖との闘いで、コースを想像するだけで身震いがするほどでした。ウェンゲンではワールドカップポイントが取れるコースはここしかないと思って臨んだレースでしたので他のレースにはない独特の緊張感を味わいました。

日本人ではただ一人の挑戦で苦しい部分もありましたが、挑戦したからこそ高速系種目の本当の面白さや楽しさを実感出来ました。

そんな経験が出来たのも、ここまで挑戦を続けてこれたのも応援して頂ける皆様のお力添えのおかげです。本当にありがとうございます。

来シーズンからは新たな挑戦になります。 スキークロスでは全くの初心者です。僕の得意分野というわけでもありません。それでも今は新しい事への挑戦が楽しみで仕方ありません。今までとは違ったトレーニングや環境に不安もありますがそれ以上に楽しみな気持ちが大きいです。

今年で27歳になりますがまだまだ挑戦させてもらえる事に感謝し、全力で挑戦させていただきます。 引き続き皆様からの熱い応援を頂ければ幸いです。

 

日本人高速系選手がキッツビュールやウェンゲンで30位以内に入り、W杯ポイントを獲得することを夢みていた私としては、正直に言えば、今年一番の衝撃的なニュースでした。

これでまた、日本人の高速系選手はいなくなり、またいつ登場するのかも全く見通しの立たない状態となりました。

今まで、大きな夢を見させてくれた、須貝龍には感謝の言葉しかありません。ウェンゲンACのポイント獲得や、キッツビュールの完走は、それだけでも誇りに思います。

その貴重な瞬間を撮らせてもらえたことに感謝です。

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新たなフィールドでの活躍も期待して、またこのブログで彼のスキークロスの勇姿をお届けする日が来ることを楽しみに待ちたいと思います。

 

湯浅直樹ATOMICへマテリアルチェンジ

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極寒の平昌以来となる湯浅との再会は、30℃を超える暑さの東京でした。

2018-19シーズンより、湯浅直樹はアトミックスキー、アトミックブーツで戦うことになりました。

中学3年から34歳のシーズンまで共に戦ってきたハートスキー。

その20年間の相棒に別れを告げ、無敵の王者、総合7連覇のマルセル・ヒルシャー、総合2連覇のミカエラ・シフリンらと同じアトミックで、再びW杯のピステに立ち、「世界一」奪取に向けての戦いを始めることになりました。

 約4ヶ月前の前回ブログを読み返していただければお分かりになると思いますが、このマテリアルチェンジに際し、通常どの選手も行うであろうスキーテストなどは一切行っていません。

3月はじめにシーズンを終えてからは、4月の終わりに旭川で左ひざの手術を行い、その後はリハビリに明け暮れる毎日を送っています。

 マテリアルに不安はないかという質問に

「そこは全く感じていない。なにせ、世界一の選手が履くスキーですから。言い訳はできないと思っています」

と赤いスキーとブーツに信頼を寄せています。

 

今後は、10月にオーストリアに行ってマテリアルのチョイス、そして11月にはアメリカでアトミックが行う雪上キャンプに参加して、スキーとブーツのセッティングを行う予定です。

現場のサポートには引き続き大瀧詞久(のりひさ)さんがつきますが、長年、湯浅と苦楽を共にしてきたサービスマンの横田幸平さんはジャパーナに残ることになりました。

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写真は2012年12月、イタリア、マドンナ・ディ・カンピリオの日本チームの定宿、ツーリングのチューンナップルームでのショット。

W杯自身最高の3位表彰台に立ち、ファンにもみくちゃにされながら、そして腰痛の痺れで足を引きずりながら宿に戻ったところでの記念の2ショット。

いつもクールな幸平さんは、「一番高いところに立ったら表彰式まで残りますよ」と湯浅が表彰台に立った姿を見ずに先に宿に戻り、自分の仕事を黙々とこなしていました。

湯浅直樹自身最高3位! マドンナ・ディ・カンピリオSL - アルペンスキー撮影記

遥かなる道 - アルペンスキー撮影記

 一番の理解者とも言える彼と離れることになるのは、湯浅としても残念でならないでしょう。

横田幸平さんにあらためて湯浅へのメッセージをお願いしたところ、快くお寄せいただきました。

 「これまで湯浅選手とは共通の「国産スキー+日本人で世界一を取る」という目標に向かい、チームジャパーナの一員として戦わせてもらいました。 ご存知の通り、チームジャパーナは湯浅選手を中心に回っていたので、今回の湯浅ロスはただ単にチームジャパーナ最大の戦力を失っただけのものではなく、我々が体制を立て直すのにはしばらく時間を要するかもしれません。

しかし、湯浅選手から学んだ諦めずに世界にチャレンジし続けるハートは我々の中にしっかりと残っています。 私自身も今後どういった形の活動になるかは正直未定ですが、これまでの経験を活かしつつ、新生チームジャパーナの一員として世界に挑戦したいと考えています。

湯浅選手には、概ね感謝しかありませんが、今後、立場上は競争相手です。しばらくは湯浅選手と戦えるレベルの選手は不在かもしれませんが、いずれは彼に追いつき追い越せる選手と共に戦いを挑みたいので、そのときは胸を貸していただければ幸いです。

これからの相棒は世界1位の男が使っているスキーなので性能に間違いはありません。思う存分に暴れて、彼の夢を叶えてもらいたいです!!」

湯浅直樹の「戦友」、横田幸平さんの今後のご活躍にも期待したいと思います。

アトミックのサービスマンは作田浩輝さんと杵渕隆さんが担当することになっています。

 

また、所属先企業も新たに 株式会社ヤマヲ に決まりました。

東京の立川に本社を置く製麺会社です。

www.yamawo.co.jp

 

今季は全日本チームメンバーから外れ、昨季のW杯ポイントもなく、SLのFISポイントも11.80の93位と急降下。

日本人選手の中でも成田秀将31位、大越龍之介70位、加藤聖五91位に次ぐ「4番目」の選手となってしまいました。

当然、今季のW杯への「個人出場権」もないため、年内はFAR EAST CUP中心の転戦、そして年末の全日本選手権での優勝を目標に置いてリハビリとトレーニングを行い、秋の雪上復帰を目指す計画です。

年明けのことは、年内の結果で大きく変わってくるでしょう。

2019年2月にはスウェーデンのオーレで世界選手権も控えていますので、もしその出場権を取れることになれば、湯浅が語る、

「(W杯の)第1シード直下の定位置に戻る」

ことが想像以上に早くかなうことになるかもしれません。

それもこれも、全ては手術した左ひざの回復次第。

そしてアトミックのスキーとブーツがより良き相棒となって湯浅を助けてくれることを祈ってやみません。

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上の写真は私が撮影した中でハートスキーを履く最後のレースとなった平昌オリンピック。(この後、3月の遠軽のFECがハートを履く最後のレースでした)

 

湯浅にとって初めてと言ってもいい、マテリアルチェンジ。

それも20年、苦楽を共にした相棒に別れを告げたわけですが、喧嘩別れというわけではなく、「円満な」マテリアルチェンジだということは付け加えさせてください。

長年サポートしてきた選手を手放すことになるジャパーナとしても、苦渋の選択だったのではないでしょうか。

日本製のスキーを履いた日本人選手がW杯表彰台の中央に立つという大きな夢は湯浅自身の手ではかなわなくなりました。

しかし、このブログの読者の皆様もこう考えたことはなかったでしょうか?

湯浅直樹がハート以外のスキーでW杯で戦う姿を見てみたい」

ヒルシャーやクリストッファーセンの滑りと歓喜を、数え切れないほど目の前で、指をくわえて見てきた私は、そういう気持ちが全くなかったかと言えば、正直それは嘘になります。

この4月で35歳となった湯浅直樹

平昌オリンピックのレース後には北京オリンピック出場を目指すと語っていました。

あと4年、赤い相棒が冷めやらぬ闘志をさらに赤く染め、燃え上がらせてくれることを期待したいと思います。

 

足元は赤くなることに決まり、そして身を包むウエアもグローブも決まりました。

発表は皆さんご存知のスキーウエアメーカーから近日にあるでしょう。

また、ストックはキザキに決まりました。

http://www.kizaki-net.co.jp/racing.html

ゴーグルとヘルメットは湯浅本人が雪上でのテストを強く希望している関係で、まだ決まっていません。

もしこのブログをお読みいただいて、雪上テストにゴーグルをご用意いただけるメーカーの方がいらっしゃいましたら、ぜひ湯浅に連絡をお願いいたします。

 

 

 

 

湯浅直樹、未だ闘志「炎上」中

湯浅直樹は今日のファーイーストカップ遠軽SLの2戦目を欠場しました。

昨日はコース前半でコースアウト。

左膝の痛みで思うような滑りができないと今日の欠場を決断し、今シーズンを終えることとしました。

今シーズンは当初から練習も満足にできないほど左膝の痛みが悪化。

12月には骨挫傷と診断され、ウェンゲンから帰国後には内視鏡手術も受けて国立スポーツ科学センターでリハビリにも励みましたが、平昌オリンピックでは状態がさらに悪化しているのではないかと思わざるをえない別人のような滑りでした。

そして、クラニスカ・ゴラのワールドカップには出場せず、国内のファーイーストカップで来季に向けた好ポイント獲得を狙いましたが、出場を断念せざるをえない状況となりました。

 

湯浅からは

「相変わらず闘志だけは衰えません」とメールもらいました。

そして

「シッカリと自分の滑りを出せるようになるまで我慢したいと思います。」

とも言ってくれました。

私は「今、一番足りないのは思い切って休む勇気だけだと思う」と伝えました。

 

今後、医師の診断や本人の意思で治療方法がどうなるかはわかりません。

しかし、未だ闘志「炎上」さなかの湯浅直樹、ワールドカップのピステに戻り、多くの観客と日本のテレビの前の人たちを釘付けにする滑りを魅せてくれる日が再び来る。

それを疑いなく信じてじっと待ちたいと思います。

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写真は今季のマドンナ・ディ・カンピリオでのインスペクション、湯浅と私とのルーティーン、「エアーグータッチ」。

この日は親指も立ててくれました。私の大切な宝物の写真を公開します。

ワールドカップの舞台でこの瞬間が再び来ることを忍の一字でじっと待ちます。

 

平昌オリンピック終了

PyoeongChang 2018 winter olympic games も昨晩無事に閉会式を終えました。

湯浅の悔し涙を撮った翌日は元アルペンレーサー、梅原玲奈のスキークロスを撮り、その翌日はスノーボードパラレル大回転、竹内智香選手を撮りました。

梅原玲奈選手は残念ながら1戦目で敗退となりましたが、彼女のことは高校2年生のときから取材、撮影していて、湯浅と同い年ということもあり、思い入れはありました。

「あの場で戦えたことはとても貴重な経験でしたし、それを思い出にせず、自分や他の選手のためにつなげていきたいと強く感じました」

とコメントくれました。

アルペンスキーを含めれば長い選手生活、ほんとうにお疲れさまでした。また次のステージでの活躍を期待します。

 

スノーボードのパラレル大回転は初めての撮影でしたが、撮影スタイルはいつものアルペンスキーといっしょでしたので、撮ること自体はまったく戸惑いはなかったのですが、困ったのはスタート直前までどちらのコースを滑るか正確な確認ができないこと。

斜面の変わり目の下で待っていると、スタートが全く見えません。

でも、そこは人海戦術共同通信のメインプレスセンターでテレビを見ているデスクからのLINE電話で「青!」と連絡が入れば、青のコースで構えて撮りました。

レースは女子スーパーGで驚愕の金メダルをさらったチェコエスタ-・レデツカが自身2つ目、史上初のスキー、スノーボードでの金メダル獲得となりました。

自慢ですが(笑)おそらく両方の滑りの写真を撮ったのは世界でも私だけではないかと思っています。

それというのも、AP、ロイター、AFP、Gettyなどのインターナショナル通信社は各会場ごとに滑りを撮る、それ専門のカメラマンを配置していて、私のように今日はアルペンスキー、明日はモーグル、ジャンプ、スノーボードという動き方をするカメラマンは実は多くないのです。

そんな動きをするのはナショナル通信社か日本の新聞社、欧米の新聞社くらいなのですが、アルペンスキー女子SGをコース内で撮っているカメラマンは、ほとんどの顔を覚えられるくらい少ないので、その顔をスノーボードのコース上で見なかったというのが「もしかしたら私だけ」の根拠なのです。

(日本人は女子SGに出場しておらず、そんな競技には日本の新聞社は来ないので、日本人カメラマンは間違いなく私だけですね笑)

レデツカさん、ありがとう!ですね。笑(自己満足)

こちらに来た5日から感じていましたが、今回のオリンピックは若い大学生のボランティアがほとんどで、おじちゃん、おばちゃんのボランティアは各会場で一人、二人ほどしか見かけませんでした。

多くの若い子の温かい親切心に包まれたオリンピックだったと思いますが、同時に、これほどセキュリティが「ゆるゆる」なオリンピックも過去になかったのではないかと思います。

セキュリティもボランティア中心で若い子ばかりなだけに、こちらが自信を持って言ったり、ごねたりすると、「しょうがない」といった感じで通してくれることがほとんどで、荷物の中身やポケットの中を調べられないことも多かったです。

もちろん、こちらはそれで助かっているのですが、2年後の東京オリンピックも同様になる懸念も同じ東洋人として持っています。

ボランティアでセキュリティの仕事に就くひとは、欧米人の「勢い」に萎縮することなく、粛々と仕事を行って欲しいと思います。

また、開会前から極寒オリンピックと脅かされ、覚悟して来ましたが、寒かったのは開幕前とその直後だけで、その後は寒さにも慣れました。笑

さすがに開幕直後の寒さと朝から夜までの撮影での寝不足で、疲れを感じていましたが、強風がやみ、アルペンスキー競技が順調に消化されるようになって、疲れもふっとび気力充実で臨める撮影が多くなりました。

常々、そう思ってはいますが、やはり私にとっては冬季競技でアルペンスキーに勝る競技はありませんでした。アルペンを撮れるだけで元気になるのは単純な証拠ですかね。笑

今回のオリンピックでも様々な競技を撮りましたが、やはり冬季スポーツの王者はアルペンスキー、その思いは更に強くなりました。

アルペンスキーの凄さが多くの世界のみなさんに伝わるようにまたこれからもがんばって写真を撮り続けたいと思います。

 

私は今晩は共同通信社の打ち上げに出て、明日、帰国します。

今週末にはワールドカップ再開、男子はクラニスカ・ゴラ、女子はクラン・モンタナですが、私は今季の撮影はこのオリンピックで終了とし、来月からは日本での仕事に専念します。

終戦オーレは来季世界選手権の舞台でもありますので、湯浅が出場するのであれば、行きたいところではありましたが、今回は見送ることにしました。

また来季、セルデンの開幕戦を楽しみに待ちたいと思います。

それでは、また思い出した頃に?笑 更新します!